
アダルトチルドレンの認知からはじまった自分を知る旅は、
私が、アダルトチルドレンというだけじゃなく、さまざまな精神障害や病気を抱えてることに気づかせてくれた。
この旅に出て、もう5年以上が経つが、
自分の過去や自分自身と真剣に向き合い続けた心の旅が私にもたらしたものは地獄と希望だった。
様々な感情の渦を通りぬけた長い旅路の先に見えたもの
心の旅で出会った様々な感情。その中には、私が初めて出会う感情もあった。
ずっと信じてきたものが崩壊する絶望。愛してる人たちへの底知れぬ怒りや恨み。自分への同情と哀れみとあきらめ。
そして、そんな自分でも、全て受け入れて、これから先も生きていかなければ・・・という不安。
それでも私は、この旅に出たことを後悔したことは一度もない。
自分と向き合わなければ、得たいの知れない生きづらさを抱えながら、
死ぬまで這いつくばるように生きていかなくてはならなかったことを、容易に想像できたから。
他人と比べることでの優越感や、世間体を基準に感じる幸せじゃなく、
自分がどんな状況にいても、私の幸せは私のものなんだと、堂々と胸をはれる人間になりたい。
私は、残りの人生を心から笑って過ごしたい。
人生の半分が真っ暗だったからこそ、残りの半分はきっと明るいはずだし、
そうしてかなきゃいけない。
自分を励ましながら歩んだ山あり谷ありの心の旅は、そろそろ終わりに近づいている予感がする。
私がアダルトチルドレンの診断を受けなかった理由
自分が、アダルトチルドレンだと自覚したとき、
私には、精神科医によるカウンセリングを受けるという選択肢もあった。
しかし、もともと他人を全く信用できない性格。医師と言えども例外ではなかった。
それに、5年前は、我が子がまだ1歳と4歳で育児の真っただ中。
カウンセリングに通う時間など作れるわけもなく、身体も心もボロボロで、カウンセリングへ行く気力すら残っていなかった。
その上、一般的なカウンセリングの料金は、1回あたり1万円を超えるものばかり。庶民には、到底払えない金額。
さらに、アダルトチルドレンの症状を知れば知るほど、
私の生きづらさの原因が、私自身の幼い頃の家庭環境の問題だけではない気がして・・・。
私は、アダルトチルドレンの症状を踏まえつつ、私が感じる生き辛さの原因を別の角度からも調べてみることにした。