機能不全家族で育ったことで、自信を無くし、他人の言葉や態度で心が傷つかないように、周りの空気を読んで生きてきたワタシ。
息をひそめて、「ワタシはここにいません」とばかりに、目立たないように身を隠すように生きてきたワタシ。
でも、それは全く自分らしくない生き方、自分の本音を押し殺した生き方だったから、
ワタシが抑え込んだ感情は、たまに家の中でドカンと爆発し、親、妹、ふすま、テレビに、八つ当たりを繰り返すのだった。
ワタシを襲った最初の異変~原因不明の片頭痛とは?
抑え込んでいた感情は、家族や家財に当たるだけにおさまらず、自分の身体の中でも暴れ出した。
最初の異変は、ワタシが小学5、6年生の頃。
教室にいる時に、急に激しい片頭痛がして、その場に立っていられなくなった。
耳鳴り、急な吐き気・・・。
気味が悪かったのは、頭痛と同時に右目が見えなくなったことだった。
その日は、すぐに早退して家で休んだが、同じような片頭痛が、中学と高校の時にも、1、2回ずつ起こった。
高校生の時に総合病院で脳の検査までしてもらったものの原因は不明。
今から25年ほど前はインターネットも普及前だったので、病名を調べることすらできず不安を感じたことを覚えている。
ワタシの異変の原因は”血管性片頭痛”だった
ワタシの異常な片頭痛の原因は、血管性片頭痛という病気だった。
テレビで、ハンドボールの宮崎大輔選手のインタビューを拝見した時に初めて知った病名で、片目が見えなくなるという症状がワタシと同じでピンときた。
ワタシの場合、血管性片頭痛を患ったのは思春期の時。
しかも、4、5回と少ない回数だったため、治療を必要とするまでには至らなかったが、今思えば、いつも我慢を強いられていた心や身体が、定期的に悲鳴をあげていたにちがいない。
もう一つの恐怖~30代まで悩まされた身体の異変とは?
ワタシを長年悩ませたもう一つの身体の異変。それは、過敏性腸症候群。
ワタシがこの症状を自覚し始めたのは中学2年生の頃。まさに思春期のど真ん中で、心も身体も不安定な時期だった。
お腹にガスが溜まり、それが腸内で逆流して大きな音が鳴る。
お腹が空いた時の音とは明らかに違い、グーーー、ゴーーーと、ものすごい音が響き渡る。
静かな授業中や、テスト中などはもう最悪。
中学では、小学校から顔馴染みの友達がほとんどだったので、そこまで気にすることはなかったが、高校に進学してから事態は一変した。
今日もお腹がなるかも・・・恐怖でしかなかった中高生活
ワタシの場合、体内時計通りに排便ができないことや、静かな教室で缶詰にされる息苦しさと緊張感が原因で過敏性腸症候群を引き起こしていた。
排便がしたい時に排便を我慢すると便が出にくくなる。
中高生の頃は、学校に登校する8時15分前後が排便をもよおす時間帯だったが、その時間に学校のトイレに駆け込むともうすでに誰かがいた。
排便と一緒におならが出たらどうしよう。おならの音を聞かれたらどうしよう。
トイレでの緊張感が、いつも排便を阻止した。
我慢した排便は、悪玉菌を生み出しワタシのお腹は便とガスでいつもパンパン。
授業中は、逆流するガスを鳴らさないようそのことばかりに集中していたため、授業の内容など全く耳に入らず、勉強どころではなかった。
おまけに、一日中便やガスを我慢し、緊張で酸欠になり、夕方になると決まって片頭痛を抱えるように。
今思い出しても、本当に地獄の日々だった。
”過敏性腸症候群”を知っていれば対処ができたかもしれない
ワタシが高校生の頃は、インターネットが普及していなかったので、過敏性腸症候群という病名を知ることさえできなかった。
誰にも相談できずに苦しんだ日々。
社会人になり、症状が少しはマシになったものの、心が開けない人と隣の席になったり、ミーティングで会議室に閉じ込められたりすると、決まって過敏性腸症候群の症状が再発した。
過敏性腸症候群の症状がやっとおさまってきたのは、30代後半になり、自分らしさを取り戻し始めた頃から。
仕事中でも、プライベートでも、別に言い間違えたっていい、バカだと思われたっていい、空気を読まなくたっていい、腸から大きな音が鳴ったっていい。
自分らしくあればいい・・・。
そう思えるようになってから、過敏性腸症候群に悩まされることはほとんど無くなった。
こうした変化は、自分がアダルトチルドレンだと自覚したことに加え、加齢で神経が鈍感になってきたせいなのかもしれない。
もし、中高時代に、過敏性腸症候群の症状や原因を知ることができていたら。超過敏性症候群を治療することができていたら。
きっと、ワタシは楽しい学生生活を送れたに違いない。いい成績がとれたに違いない。
そう考えずにはいられない。