いじめ、いじめられた過去|今でも時々思い出すあの時の記憶

私には、小中学生の頃に、他人をいじめた過去と他人にいじめられた過去がある。

メディアで目にするほどひどいイジメではなかったものの、被害者にとっていじめの程度は関係ない。

なぜ、自分がいじめたのか、なぜ、自分がいじめられたのか、今となっては誰にもわからない。

子どもの心は単純で複雑だから、答えなんて永遠に出ないのかもしれないけど、

いじめの体験は、できれば忘れてしまいたい私の脳裏に今でもモヤモヤと残る記憶だ。

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いじめた過去の記憶は、絶対に忘れちゃダメな気がする

私が他人をいじめたのは、小学校2年生の頃だったと思う。

同じクラスだった大人しいT美ちゃん。

おんぶをして走らせたり、T美ちゃんがかくれんぼの鬼になると、ブルマを引っ張ってお尻を出したりした。

T美ちゃんのブルマにハエが止まっていたのを笑ったこともあった。

ある時、T美ちゃんが新品の缶のペンケースを学校に持って来た。

私は、うらやましくて、その缶ペンに入っていた中段のトレーをとり、自分の家に持って帰った。

その日のうちに、T美ちゃんのお母さんから我が家に電話があった。

私の母が電話に出て、その子のお母さんの話を聞いている途中、

「T美ちゃんのペンケースとったの?」と、母が私に聞いてきた。

「知らないよ。」私はそう答えた。

表面上は平気な顔をしていたが、事実がバレて母に怒られるのが怖くて、私はとっさにウソをついた。

次の日、登校してすぐに、私はT美ちゃんからとったトレーを、T美ちゃんの机の引き出しにスッと返しておいた。

親が電話をかけてくるぐらいだから、中段のトレーを私に取られたことを、

T美ちゃんは泣きながら自分の母親に訴えたのかもしれない。

T美ちゃんは、学校ではいつも笑ってたけど、心の中では泣いていたんだろうな・・・。

でも、いじめっ子だった私に、T美ちゃんの気持ちなんてわかるはずもなく、

思わぬ反撃を受けたことで、私からT美ちゃんへのいじめは終わった。

T美ちゃんとは高校まで一緒で、私が社会人になって島根に帰省した時に偶然出会って挨拶を交わすこともあったが、

T美ちゃんへの後ろめたさが消えることは一生ないだろう。

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いじめられた過去の記憶は、もうどうでもいい

私には、小学校5年生と、中学3年生の時に、いじめられた過去がある。

小学校5年生の時は、仲良くしてた女子グループから急に外されてクラスで孤立したり、上履きを1度だけ隠されたりしたことも。

でも、孤立したのは数日だったと思う。

その間は、寂しくて悲しくて辛くて、学校に行きたくなかったが、

数日後に、別のグループから外された女の子がいて、その子と2人でグループを作ることができた。

上履きを隠された時は、空っぽの下駄箱に一瞬目を疑ったものの、

すぐに先生に言いつけたからか、私へのいじめが長引くことはなかった。

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ひどいイジメを受けたのは、中学生の時に通っていたでのこと。

ある日、他校の女子生徒からいきなり罵声を浴びせられた。

最初は、自分に向かって叫んでるとは全く思わなかった。私には、何も身に覚えがなかったから。

しかし、罵声はリーダー格の女子を筆頭に、その子の仲間からも浴びせられるように。

毎週、塾に行く度に響き渡る私への罵声。

意味がわからなくて、塾の授業中にノートを涙で濡らしたこともあった。

見かねた塾の先生が、その子たちに何度か注意してくれたが、私への罵声は、彼女たちの怒りがおさまるまで続いた。

そのいじめが、どのくらい続いたかは覚えていない。

救いだったのは、私と同じ中学の生徒や、他校の生徒が、気にするなと慰めてくれたことだった。

私は、小学校や塾でいじめられていた事実を、一度も親に相談することができなかった。

親に心配をかけたくなかったから。

それでも、学校に行きたくない、塾に行きたくないと母に言うと、母は私に理由も聞かず、いつも強引に私を学校や塾に行かせた。

父に、「行け」と凄まれたこともあった。

あの時の私は、父や母に理由を聞かれても言葉が出てこない子供だった。何と伝えていいかわからなかったから。

「いじめられてるから行きたくない。」

その一言を口にすることすら、私には許されていなかったような気がする。

今となっては、いじめられてた記憶なんてどうでもいい。

ただ、その時に親子の会話さえあれば、深い悲しみや絶望からちょっとは救われたんだろうな・・・と思う。

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