家にいても心が落ち着かない|安全地帯じゃなかった私の家庭

子供だって、学校の勉強や友達づきあいで心が疲れることがある。

だからこそ、家は、子供にとって心が癒せる場所じゃなきゃいけないし、

親は、子供に安全地帯となる空間を意識的に提供しなきゃいけないと思う。

でも、我が家はちがった。

酔っぱらった父と顔を合わせると嫌なことを言われ、母と顔を合わせると長い間会話をしてないから話すことがなくて気まずい。

私は、なるべく親と顔を合わさないために、

家の中で、親が今どこにいて何をしてるかを意識しながら、息を殺して生活していた。

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母のしもべだった私は、家族の監視役だった

子供のころの私は、母の気をひくために必死だった。

母の関心をひくためなら、母が望むことは何でもやった。

なぜなら、長女の私が支えてないと、母がダメになってしまうから。母は、優しくて弱い人だから。

私より3歳下の妹が高校生活になじめずグレた時、私は妹の監視役になり、

妹があやしい動きをするたびに、それを逃さず察知して母に報告した。

妹の部屋に隠してあったタバコを見つけて母に言いつけたり、夜にこっそりと家から抜け出した妹を母に知らせたり、

妹の日記をこっそりと盗み見したり・・・。

妹の長電話で、家の電話料金が2万円を超えた時は、母ではなく、姉の私が長電話を注意して止めさせたこともあった。

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家族への不信感が、私たち子供から安全地帯を奪った

親に、心を縛られてた長女の私。

親だけじゃなく、姉からも、常に行動を監視されていた私の妹。

誰も信じられず、信じても裏切られる日々。

私たち姉妹にとって我が家は、外よりも危険な場所だったのではないかと思う。

外でも家でも心が落ち着かない。嫌なことがあっても癒す場所なんてどこにもない。

私にとって、家族みんなが外出している時が、心が解放される唯一の時間だった。

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「自分たちが一番幸せ」という思い込みが、子供だった私たちの命を救ったんだと思う

10代だった私の心には、いつもぽっかりと穴があいていた。

寂しくて、むなしくて、情けない。

私が死んだら、親は悲しむのかな・・・。痛くない死に方ってあるのかな・・・。

そんなことばかり、グルグルと考えていた。

でも、私は死ねなかった。

それは、どんなに心がしんどくても、私の家族が一番幸せだと、

私の両親は、誰よりも私を愛してくれているんだという思い込みがあったから。

ちょっと視点を変えれば、不幸でバラバラの仮面家族なのに、

その時の私は、そう信じることで自分の命をつないでいた。

その思い込みが、結果的には私に生きづらさをもたらすことになったが、過去は過去。

辛い過去や自分自身にちゃんと向き合い、思い込みをリセットして、さんざん涙を流したから、

これからは、明るい未来だけを見て生きていけるような気がしている。

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