ワタシは、子供のころから白黒はっきりつけないと気が済まない性格で、その影響は、人間関係で特に顕著にあらわれた。
例えば、友達や彼氏に、ワタシが嫌だと感じることを言われたりされたりしたとき。
自分の気持ちを素直に伝えることが苦手なワタシは、その嫌な想いを曖昧に流すことも忘れることもできず、ずっと心に抱えているうちに、相手に対する憎悪がふくらみ、過去の関係を全て精算してゼロに戻したくなった。
曖昧な関係を続けるくらいなら、関係を断ち切る以外に心の平穏を取り戻す手段はない。そう、思い込んでいたからだ。
”アダルトチルドレン”と”共依存”
ワタシは、相手が自分のことを理解してくれなかったり、自分の意に反した行動をとったりすると、相手に対してすぐに不合格のレッテルを貼った。
それは、自分でも知らず知らずのうちに、相手に依存関係を求めていたからかもしれない。
ワタシと同じ考えや行動をしてくれたら、安心して依存できる仲間。ワタシの考えに逆らったら、不安で依存できない敵。
信用できない親に育てられたワタシにとって、自分の欲求を100%満たしてくれることが相手を信用する最大の条件だったのだ。
だからこそ、相手が自分の欲求を満たしてくれないと、裏切られたという気持ちが頭の中を支配し、
もう大っっっ嫌い。顔も見たくない。縁を切る!
となってしまう。まるで、ダダをこねる子供みたいに。
相手を尊重することを知らなかったワタシ
白黒はっきりさせないと気が済まないワタシにとって、傷つきやすい自分の心を守るために、寂しさを感じる自分の心を守るために、相手を徹底的にたたきのめすしか生きる道はなかった。
でも、こんな生き方が幸せなはずはない。なぜなら、相手を憎み恨んでる時間は本当に辛くて苦しいから。
相手のことを忘れたいのに忘れられない。憎むべき相手への執着心がいつまでたっても消えない。
そんな生き地獄から逃れるためには、相手を思いやり、相手の気持ちを尊重する。相手を、自分と対等の人間だと認める。
たったそれだけ。
この結論にたどり着くまで、ワタシには30年以上の時間が必要だった。
白黒はっきりさせたい性格は自分の可能性を閉じ込める
白黒はっきりさせたい性格のまま生きてくことは、自分の殻にいつまでも閉じこもったまま生きていくということ。
そんな生き方を選んで、幸せになれるはずがない。
ワタシは、生きづらさを克服したい。ワタシは、心から解放されたい。ワタシは、あるがままの自分を受け入れたい。
ワタシは、幸せになりたい。
そのためには、勇気を出して自分の殻を打ち破り、他人と対等な関係を築いていくしか方法はないのだと気づいた。
相手を思いやり、相手からの思いやりに触れ、甘え、甘えられ、時には傷つき、でも、傷ついた時は、その理由を丁寧に相手へ伝える。
健全な人間関係は、こうして育てていくのかな・・・。
自分の殻を破ることはすごく怖い。だけど、白黒つける性格に引きこもっているよりは、危うくても白黒つけないグレーな人生を歩んでみたい。
アラフォーになってようやく見つけた、ワタシの新しい道だ。